エントリーした翌日、「何を買えばいいのか」が分からなくて手が止まった。 ネットで調べると出てくるのは、TTバイク80万、パワーメーター15万、カーボンホイール30万。合計すると軽自動車が買える。家族持ちの会社員が出せる金額じゃない。 でも実際には、僕は総額22万円の機材で226kmを完走した。16時間9分。制限時間まで50分の余裕があった。 この記事では、あの頃の僕が本当に知りたかったことを書く。「何が必要で、何が要らないのか」。そして「どこにお金をかけて、どこを削るのか」。
全部で22万円。僕がレースに持ち込んだもの
先に、実際に使った機材とその金額を全部出しておく。
| 種目 | 機材 | 金額 |
|---|---|---|
| スイム | ウェットスーツ(中古) | 3万円 |
| スイム | ゴーグル | 2,000円 |
| 全種目 | トライスーツ | 1.5万円 |
| バイク | ロードバイク(中古) | 18万円 |
| バイク | ヘルメット | 1.2万円 |
| バイク | サイクルコンピューター | 5,000円 |
| バイク | ボトル×2 | 1,000円 |
| バイク | 修理キット(替えチューブ・タイヤレバー・CO2ボンベ) | 3,000円 |
| ラン | ランニングシューズ | 1.5万円 |
| ラン | サングラス | 3,000円 |
| ラン | キャップ | 2,000円 |
合計:約22万円。GPS時計もパワーメーターもエアロヘルメットも持っていなかった。 この中で「これがなかったら完走できなかった」と言い切れるものと、「なくても何とかなった」ものがある。その線引きを、1つずつ書いていく。
これがないと走れない。絶対に必要な4つ
ロードバイク
一番高くて、一番悩む買い物。でも一番重要。 僕はGIANT TCR Advanced 2の2015年モデルを中古18万円で買った。カーボンフレーム、Shimano 105。これで180kmを走り切った。 TTバイクやエアロバイクを勧める記事もたくさんあるけど、初挑戦で完走が目標なら中古のロードバイクで十分だ。大事なのは値段じゃなくてフレームサイズが自分に合っていること。合わないバイクで180km走ると、体のどこかが確実に壊れる。 中古バイクの選び方は別の記事に詳しく書いた。
ウェットスーツ
スイム3.8kmを海で泳ぐ。ウェットスーツがないと、浮力が足りなくて体力の消耗が段違いになる。 僕は中古で3万円のものを買った。新品だと5〜8万円するけど、中古でも機能的には問題ない。ただし、ゴムのひび割れと体型への合いだけは必ず確認する。サイズが合っていないウェットスーツは泳ぎにくいし、脱ぐときに時間がかかる。 試着できるショップで買うか、通販で買うなら返品可能なところを選んだ方がいい。
ヘルメット
バイクパートで着用が義務づけられている。これがないとスタートラインに立てない。 1〜2万円で十分。高い物と安い物の差は、重さと通気性。レース中の快適さには多少影響するけど、完走できるかどうかには関係ない。 一つだけ気をつけるべきは、頭のサイズに合っているかどうか。きつすぎると頭痛の原因になるし、ゆるいと走行中にズレて視界を遮る。店頭で試着して買うこと。
ランニングシューズ
42.2kmを走る。足に合わないシューズで走ると、マメ・爪下血腫・膝痛、何でも起きる。 トライアスロン専用シューズじゃなくていい。普段のランニングで使い慣れているシューズがベスト。新品をレース当日に卸すのだけは絶対にやめること。最低でも100km以上走って足に馴染ませてから持ち込む。 クッション性が高いモデルを選ぶ。バイク180kmの後の42.2kmは、フレッシュな状態で走るフルマラソンとは次元が違う。脚が死んだ状態で走るから、シューズの衝撃吸収がそのまま完走率に直結する。
なくても走れる。でもあると助かるもの
サイクルコンピューター
バイクの速度と距離を表示する小さな機械。僕はCATEYEの5,000円のモデルを使った。 なくても走れるけど、あると安心感がまるで違う。180kmのバイクパートで「今何km/hで走っているか」が分からないと、オーバーペースの判断ができない。バイクで脚を使いすぎると、ランで地獄を見る。 5,000円で買える保険だと思えばいい。GPS付きの高いモデルは要らない。速度と距離が分かればそれで十分。
サングラス
バイクで6〜8時間、ランで4〜6時間、ずっと屋外にいる。目の保護はあった方がいい。 特にバイク中、虫や小石が顔に飛んでくることがある。ケアンズでは風が強い区間があって、砂埃が目に入って何度かヒヤッとした。 高い物は要らない。UVカットがついていて、顔にフィットするもの。3,000〜5,000円で十分。
修理キット
替えチューブ、タイヤレバー、CO2ボンベ。この3つをセットでサドルバッグに入れておく。 180kmの間にパンクする確率は、正直そこまで高くない。でも起きたときに対処できないと、そこでレースが終わる。バイクパートにはメカニックサポートがいるけど、順番待ちで30分ロスすることもある。自分で直せるなら5分で済む。 練習中に1回はパンク修理の練習をしておくこと。レース中に初めてCO2ボンベを使うのはやめた方がいい。
補給食
226kmのレースでは、3,000〜5,000kcalを消費する。体内のグリコーゲン貯蔵だけでは到底足りない。 エイドステーション(補給所)はコース上にあるから、そこで食べることもできる。でもエイドの食事が自分の胃に合うかどうかは賭けだ。僕はバイクにジェルとエナジーバーを積んで、30分ごとに補給するようにしていた。 補給計画の話は別の記事で書いているけど、最低限「自分の胃で試した補給食」をバイクとランに持ち込むこと。レース当日に初めて食べるジェルで腹を壊すと、その時点で完走が遠のく。
正直、要らなかったもの
ネットの情報を見ていると「必須」みたいに書かれているけど、初挑戦で完走が目標なら後回しでいいものがある。
GPS時計
僕はGPS時計なしで完走した。 ランの後半に「今キロ何分で走っているか」が分からなくなったのは不安だった。でも、それで完走できなかったわけじゃない。コース上の距離表示と普通の腕時計で、大まかなペースは把握できた。 5万円のGPS時計を買うか迷っているなら、その5万円はウェットスーツやバイクの整備に回した方が完走率は上がる。GPS時計は「完走した後、もっと速くなりたいと思ったとき」に買えばいい。 実際、僕も2回目の挑戦ではGarmin Forerunner 255を買った。1回走ってみて「データがないことの不便さ」を実感したから。でもそれは1回目を走り切った後の話だ。
パワーメーター
バイクのペダルにかかる出力(ワット数)を計測する機材。5〜15万円する。 使いこなせれば強力なツールだけど、初挑戦で「平均20km/hで完走する」が目標なら、データの精度がどうとかいう話じゃない。サイクルコンピューターの速度表示で十分。
エアロヘルメット
空気抵抗を減らすために後頭部が尖った形のヘルメット。見た目はかっこいいけど、通気性が悪くて暑い。ケアンズのような暑いレースでは、通気性の良い普通のヘルメットの方が快適だった。 タイム短縮効果はあるけど、それが意味を持つのはサブ12を狙うレベルの話。
カーボンホイール
10〜50万円。空力的にはプラスだけど、初挑戦で体感できる差はほとんどない。それよりもタイヤを7,000円のGrand Prix 5000に替えた方が、転がり抵抗もパンク耐性も良くなる。
トライスーツだけは最初に決める
機材選びの話をすると、バイクやシューズに意識が行きがちだけど、一番最初に決めるべきはトライスーツだと思っている。 トライスーツは、スイム・バイク・ランの3種目を通して着続けるウェア。つまり、12〜17時間ずっと体に密着し続ける。合わないトライスーツは、合わない靴と同じくらい致命的になる。 股ずれ、首の擦れ、脇の擦れ。長時間着ていると、縫い目の位置ひとつで肌がやられる。 僕は1.5万円のエントリーモデルを買って、練習で3回着てからレースに持ち込んだ。結果的に大きなトラブルはなかったけど、ラン後半に股の内側が少しヒリヒリした。もう少し練習で着込んで、ワセリンを塗るポイントを事前に把握しておけばよかった。 高い物を買う必要はない。ただし、必ず実際に着て泳いで走って、問題がないか確認してから本番に臨むこと。
予算別に、何から買うか
「全部で20万円」と「全部で30万円」では、優先順位が変わる。僕なりの配分を書いておく。
予算20万円の場合
ほぼバイクに全振りになる。中古ロードバイク15万円、ウェットスーツ(中古)3万円、ヘルメット1万円、シューズ1万円。これで20万円。 トライスーツやゴーグルは含まれていないけど、ゴーグルは2,000円で買える。トライスーツは1万円台のエントリーモデルでいい。厳密には22〜23万円くらいになるけど、ここが最低ラインだと思う。 サイクルコンピューターの5,000円はできれば確保したい。180kmのバイクパートで速度が見えないのは、かなり心細い。
予算30万円の場合
余裕が出てくる。バイクに18万円かけられるから、中古でも程度の良い個体を選べる。ウェットスーツは新品で5万円のものが買える。試着して自分に合ったサイズを選べるのは大きい。 残りの7万円で、ヘルメット(1.5万円)、シューズ(1.5万円)、トライスーツ(1.5万円)、サイクルコンピューター(5,000円)、サングラス(3,000円)、補給食(1万円)、修理キット(3,000円)。ちょうど収まる。
予算50万円の場合
ここまで出せるなら、GPS時計(5万円)が選択肢に入る。バイクも新品で25〜30万円のミドルグレードが買える。ウェットスーツも高品質な新品が選べる。 ただし、50万円あるからといって全部を高級品にする必要はない。バイクに30万円、ウェットスーツに5万円、GPS時計に5万円を確保した上で、残りの10万円をその他の機材に配分する、くらいのバランスが現実的だと思う。
レース当日までのスケジュール感
機材を買うタイミングも大事だ。レース3ヶ月前に全部揃っているのと、1週間前に届いたのでは全然違う。 レース6ヶ月前〜4ヶ月前:バイクを決める。中古を探すなら時間がかかるから早めに動く。買ったらすぐにショップで点検・調整してもらう。 レース4ヶ月前〜3ヶ月前:ウェットスーツ、トライスーツを決める。どちらも「着て泳ぐ」「着て走る」練習が必要だから、早めに確保する。 レース3ヶ月前〜1ヶ月前:シューズの慣らし期間。新しいシューズを買うなら、最低100km以上走って足に馴染ませる。 レース1ヶ月前:サイクルコンピューターの取り付け、修理キットの確認、補給食のテスト。レース当日に「初めて使うもの」がゼロになるのが理想。 レース1週間前:バイクの最終点検をショップに依頼。タイヤの空気圧、ブレーキ、変速、チェーンの伸び。ここでの数千円は保険だと思う。
よく聞かれること
「トライアスロン専用のバイクシューズは必要?」
初挑戦なら要らない。普通のスニーカーでも走れる。ビンディングシューズ(ペダルに足を固定するタイプ)は慣れていないと危険だから、練習で使ったことがなければレースに持ち込まない方がいい。
「ゴーグルは高い方がいい?」
2,000〜3,000円で十分。大事なのは顔にフィットすることと、レンズの曇り止め。高いゴーグルが高い理由は視界の広さやUVカット性能だけど、完走に直結する差ではない。スペアを1つ持っておくと安心。レース直前にゴムが切れることがある。
「心拍計は必要?」
初挑戦なら要らない。「息が上がったら落とす」で十分。心拍ゾーンに基づいたペース管理は、自分の心拍データの蓄積があって初めて意味を持つ。データがない状態で心拍計だけ買っても、レース中に見る数字の意味が分からない。
「全部Amazonで買っていい?」
バイクとウェットスーツだけは試着が必要だから、できればショップで買うか、試着してからネット注文した方がいい。ヘルメットもサイズ感があるからショップ推奨。それ以外のもの——ゴーグル、サングラス、補給食、修理キットあたりはAmazonで問題ない。
最後に
226kmのレースに必要な機材を調べ始めると、上を見たらキリがない。100万円でも200万円でも使おうと思えば使える世界だ。 でも、完走に必要なのは「高い機材」じゃない。「自分の体に合った機材」を、「使い慣れた状態」で持ち込むこと。 僕は22万円で完走した。バイクは中古、ウェットスーツも中古、GPS時計は持っていなかった。足りなかったのは機材じゃなくて練習だった、と今でも思っている。 まずは最低限の4つ——バイク、ウェットスーツ、ヘルメット、シューズ——を揃える。それ以外は、予算と相談しながら足していけばいい。


コメント