濡れた手で靴紐を結ぶのに40秒かかった。トランジションは事前に9割決まる

Gear & Setup

スイムを上がって、トランジションエリアに走り込んだ。心拍は上がっている。息が荒い。ウェットスーツを脱ごうとするけど、濡れたゴムが肌に張り付いてなかなか剥がれない。 やっとの思いで脱いで、ヘルメットを被って、バイクシューズに足を入れる。ここまでは良かった。 問題はその次だった。バイクシューズのストラップを留めようとしたとき、手がびしょ濡れで力が入らない。指がすべる。ベルクロが噛まない。たかがストラップに、体感で永遠に近い時間がかかった。 後から振り返ると、T1(スイム→バイクの切り替え)に8分32秒かかっていた。速い人は5分以内で出ていく。3分半の差。これは「当日の慌ただしさ」で生まれたものじゃない。事前の準備で防げた時間だった。

トランジションで焦る原因は、だいたい「探し物」と「手順の迷い」

226kmのレース中、T1とT2のトランジションで使う時間は合計しても15分前後。レース全体の16〜17時間から見れば微々たるもの。だからこそ軽視しがちだけど、ここでのロスは数字以上にダメージが大きい。 なぜかというと、トランジションで焦るとメンタルが崩れるからだ。 「ヘルメットどこだっけ」「あれ、サングラスが見つからない」「この手順であってたっけ」。疲れた状態でこういう迷いが入ると、焦りが焦りを呼んで、余計な体力を使う。僕の前を走っていた人は、ヘルメットを被らずにバイクエリアを出ようとしてスタッフに止められていた。ヘルメット未着用は即失格。焦りのせいで一瞬レースが終わりかけた場面だった。 逆に、トランジションがスムーズだと気持ちに余裕が生まれる。「よし、ちゃんと切り替えられた」という小さな成功体験が、次の種目への精神的な弾みになる。 要するに、トランジションは速さの問題じゃなくて、確実さの問題だ。

前日の準備で9割決まる、という話

レース当日のトランジションでやるべきことは、実はそんなに多くない。問題は、それを「疲れて頭が回らない状態」でやらなきゃいけないこと。 だから、前日の準備が全てを決める。当日は「考えなくても手が動く」状態を作っておくのがゴールだ。

配置は「左右に分ける」だけでいい

トランジションエリアでは、バイクラックに自分のバイクをかけて、その周辺に機材を置く。レースによってスペースや規定が違うけど、基本的な考え方はシンプルで、T1で使うものとT2で使うものを左右に分ける。 僕はバイクの左側にT1用(タオル、サングラス、ヘルメット、バイクシューズ)、右側にT2用(ランシューズ、帽子、ジェル)を置いた。地面にはバスタオルを敷いて、その上に並べた。直接地面に置くと、芝生や砂利に紛れて小物が見えなくなる。 もう一つ大事なのが自分のバイクを見つけやすくすること。トランジションエリアには何百台ものバイクが並ぶ。スイムを上がった直後、酸欠気味の頭でバイクラックを走り回るのは避けたい。僕はバイクのハンドルにピンクのタオルを巻いておいた。遠くからでも一発で見つけられた。

バイクの準備も前日に済ませる

ボトル2本を装着して、補給食をフレームバッグに入れておく。当日の朝にバタバタやると、入れ忘れが起きる。僕は前日の夜にバイクの最終チェック——タイヤの空気圧、ブレーキの効き、変速の動作——を全部やって、当日の朝はバイクに触らないくらいの気持ちでいた。

T1:スイムからバイクへ

T1は「水から出てきた直後」という特殊な状態で行う。体は濡れている。手は冷えている場合もある。息は上がっている。この状態で「次に何をするか」を考えていると、それだけで30秒ロスする。 僕がやった手順はこうだった。 走りながらゴーグルとスイムキャップを外す。完全に脱がなくてもいい。首にかけたまま走ればいい。 ウェットスーツの上半身を脱ぐ。腕を抜いて、腰まで下ろす。ここが一番時間がかかるポイントで、事前にワセリンを手首と足首に塗っておくとスルッと抜ける。僕はこれをやっていなくて、右腕が引っかかって余計に10秒以上かかった。 自分のバイクに着いたら、タオルで手と足を拭く。全身を拭く必要はない。手と足だけ。理由は、濡れた手でヘルメットのストラップを締めるのが難しいから。そして濡れた足でシューズを履くと、滑ってフィットしないから。冒頭の「靴紐40秒」はまさにこれだった。 サングラス→ヘルメット→バイクシューズの順に装着。ヘルメットは必ずストラップを締めてからバイクに触る。これはルールで、ストラップ未締結でバイクを触ると失格になる大会もある。 バイクをラックから外して、押してバイクエリアを出る。乗車ラインを越えるまでバイクには乗れない。 T1の目標は「ミスなく通過すること」であって、「速く通過すること」じゃない。初挑戦で5分以内を目指す必要はない。10分かかっても確実に出ていければ十分だ。T1で5分削ろうとして焦ってヘルメットを忘れるくらいなら、落ち着いて10分使った方がいい。

T2:バイクからランへ

T2はT1より短い。着替えの量が少ないから。ただし、バイク180kmを終えた直後の体は、思った以上に言うことを聞かない。 バイクを降りて、ラックに戻す。ヘルメットを外す。バイクシューズを脱ぐ。ここまでは機械的にできる。 問題はランシューズを履くとき。バイクで6〜8時間ペダルを漕いだ後の足は、むくんでいることがある。朝は入ったシューズが、午後にはきつく感じる。シューズの紐をあらかじめ緩めておくか、ゴム紐(伸縮性のある靴紐)に替えておくと、スッと足が入る。 僕はゴム紐に替えていなかったから、普通の靴紐を濡れた手で結ぶ羽目になった。指先の感覚が鈍くて、紐の穴にうまく通らない。40秒。たかが40秒だけど、あの焦りは今でも覚えている。 帽子を被って、ジェルをトライスーツのポケットに入れて、深呼吸してスタート。T2は5分18秒だった。

知っておくと助かる小技

ゼッケンベルト

トライアスロンではバイクとランでゼッケンの位置が変わる。バイクは背中、ランは前面。これを安全ピンで付け替えるのは面倒だし、トライスーツに穴が開く。ゼッケンベルト(1,000〜2,000円)を使えば、T2でベルトをクルッと回すだけで済む。30秒の節約。

ワセリンの塗り場所

ウェットスーツの脱ぎやすさだけじゃない。首の後ろ、脇、股の内側にもワセリンを塗っておくと、トライスーツの摩擦で肌が擦れるのを防げる。12時間以上同じウェアを着続けるから、擦れは蓄積する。レース後半に「脇が痛くて腕が振れない」という人をランコースで何人も見た。

補給食の封を事前に切っておく

ジェルのパッケージを完全に開けると中身がこぼれるけど、切り口に少し切れ目を入れておくと、レース中に片手で開けられる。地味だけど、バイク上で走りながらジェルを開ける場面は何度もあるから、トータルで1分くらい変わる。

バイクシューズの紐を緩めておく

T1で履くバイクシューズは、前日にストラップやベルクロを緩めた状態で置いておく。当日、濡れた手でストラップを緩める工程が1つ減るだけで、体感的にはかなり楽になる。

やってはいけないこと

ルール違反は失格に直結するから、ここだけは押さえておく。 ヘルメット未着用でバイクに触る。これは即失格。ヘルメットはストラップを締めた状態で被ってから、バイクに手を触れる。外すときも、バイクをラックに戻してから。 トランジションエリア内でバイクに乗る。乗車ラインを越えるまではバイクを押して走る。降車ラインの手前でバイクから降りる。守らないとペナルティまたは失格。 他人の機材エリアに自分の荷物を広げる。スペースは限られている。自分のバイクラックの割り当て分だけ使う。 トランジションエリアで走り回る。足場が濡れていることが多い。裸足で走ると滑る。実際に転倒してレースを終える人もいる。早歩きくらいの感覚でいい。

自宅での練習は1回やるだけでいい

トランジションの練習は、レース1週間前に1回やればいい。大がかりなことじゃなくて、自宅で実際の機材を使って手順を通しでやるだけ。 T1の手順:ウェットスーツを脱ぐ(シャワーで体を濡らしてからやるとリアルに近い)→タオルで手を拭く→サングラス→ヘルメット→バイクシューズ。これをタイマーで計る。 T2の手順:ヘルメットを外す→バイクシューズを脱ぐ→ランシューズを履く→帽子→ポケットにジェルを入れる。同じくタイマーで計る。 1回通しでやると「あ、ここで手間取るな」というポイントが見つかる。僕の場合は「濡れた手でストラップを留める」がそれだった。事前にやっていれば、ワセリンを塗っておくとか、タオルの位置を変えるとか、対策を打てたはずだ。 もう一つ、レース前日にトランジションエリアを歩いておくこと。自分のバイクラックの位置、スイムからの入口、バイクエリアの出口、ランの出口。この導線を体で覚えておくと、当日「どっちに走ればいいんだ」と迷わなくて済む。

トランジションで焦らないために、一番効くこと

テクニックやコツを色々書いたけど、結局一番効くのは「手順を決めて、その通りにやる」と決めておくことだと思う。 レース中、トランジションエリアに入ると周りの人たちがバタバタ動いている。速い人は30秒で出ていくし、焦っている人は荷物をひっくり返している。その喧噪の中で「自分のペースでやる」と腹を括れるかどうか。 僕のT1は8分32秒、T2は5分18秒。合計で約14分。速い人なら合計8分くらいで出ていく。6分の差がある。 でもこの6分を、僕は「保険」だと思っている。焦ってヘルメットを忘れて失格になるよりも、6分余計にかけて確実に出ていく方がいい。226kmのレースで6分は誤差だ。でも失格は取り返しがつかない。 初挑戦なら、トランジションは「速さ」じゃなくて「確実さ」で考える。前日にちゃんと準備して、手順を1回練習して、当日はその通りに動く。それだけで十分だ。

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